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2026.8.22

#10  料理人だった父の背中 - 前編 -

Fierté | オーナーシェフ 山本 悠太

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Prologue

はじめに

鎌倉・御成町に店を構える、フランス料理店「Fierté(フィエルテ)」。Fiertéが鎌倉にオープンして以来、2021年・2023年・2025年「食べログ フレンチ EAST 百名店」、2023年から4年連続でグルメガイド「ゴ・エ・ミヨ」に掲載。そして2025年には「第7回シャンパーニュ コレ賞」で優勝するなど、国内外から注目されるレストランとなりました。そのレストランのオーナーシェフを務めるのが山本シェフ。18年間ビストロを営んでいた父親の影響で料理人を目指し、22歳で渡ったフランスで触れた、南フランスの食文化。帰国後、銀座レカンで学んだ古典的なフランス料理。そして、湘南や東京のレストランで重ねてきた経験。その一つひとつが重なりが、今のFiertéへとつながります。今回は、そんな山本シェフの料理人としての原点から、一皿に込める想い。そして山本シェフが描く未来についてお話を伺いました。

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第 1 章 「料理、やってみるか」から始まった料理人生

─ 料理人を目指したきっかけを教えてください。

最初のきっかけは、父親ですね。父もずっと料理人をしていて、湘南台と辻堂の間にあるライフタウンという場所で、18年ほどビストロを営んでいました。僕が高校を卒業するタイミングで、大学へ行くのか、その先どうするのかを考えていた時に、父から「料理、やってみるか」と言われたんです。家では自分のご飯をつくるくらいで、本格的に料理をしていたわけではありませんでした。でも、その一言を聞いて「ちょっとやってみようかな」と思った。それが始まりでした。

─ そこから、どのように料理人としての一歩を踏み出されたのでしょうか。

父が日本橋のロイヤルパークホテルの料理長と知り合いだったので、「とりあえず行ってこい」という感じで紹介してもらいました。それまでアルバイトすらしたことがなかったので、本当に何も分からない状態からのスタートでした。同期は大学や専門学校を卒業した人たちばかりで、その中で一つひとつ仕事を覚えていきました。料理人として、基礎の基礎を教えてもらった場所ですね。

─ 実際に料理の世界へ入ってみて、どのようなことに魅力を感じましたか。

自分がつくった料理を家族に食べてもらって、「美味しい」と言ってもらえたことは大きかったですね。その一言がひとつのきっかけになって、どんどん料理の世界に夢中になっていったという感じです。最初から「絶対に料理人になる」と決めていたわけではなく、父の一言から始まって、実際に料理をつくり、人に食べてもらう中で、この仕事に惹かれていきました。

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第 2 章 22歳、憧れのフランスへ

─ ロイヤルパークホテルで経験を積む中で、フランス料理への想いはどのように変化していったのでしょうか。

ホテルに入った時から、フレンチをやりたいという気持ちはありました。最初は宴会場にいたのですが、婚礼なども多く、そこで扱う料理もフランス料理が軸にありました。仕事を続けるうちに、だんだん自分の中でも「フランス料理をやっていこう」と決まっていった感じですね。父もずっとフランス料理をやっていて、フランスだけでなくベルギーやドイツにも行っていました。子どもの頃からそういう話を聞いていたことも、影響していたと思います。

─ そこから、実際にフランスへ渡るまでにはどのような経緯があったのでしょうか。

ロイヤルパークホテルでは4年間働きましたが、その間もずっとフランスへ行きたいという気持ちはありました。実家から日本橋まで通いながら少しずつお金を貯めて、そのお金を持ってフランスへ行きました。知り合いを通じて現地のレストランにつないでもらっていて、「いつでも来ていいよ」と言ってもらっていたので、ビザを取って「来週行きます」というくらいの感じでしたね。22歳でしたし、怖いもの知らずだったと思います。実際、ハプニングだらけでした。

─ フランスでは、どのような場所で働かれましたか。

ワーキングホリデーで1年間行きました。最初はヴァランスという小さな街の外れにあるビストロのようなレストランで働いて、その後すぐに南フランスのマルセイユへ移りました。どうしても南へ行きたかったんです。パリのような大きな街より、日本の食材などがあまり入ってこない地方で、その土地のフランス料理に触れてみたかった。僕自身、海のある場所で育ったこともあって、自然と海のある南へ惹かれていきました。柑橘も豊富ですし、あのゆったりとした空気感も好きでしたね。

─ マルセイユでの経験で、特に印象に残っていることはありますか。

働いていた一つ星レストランの目の前が港だったんです。朝になると船が戻ってきて、料理人たちも港へ行く。そこで生きた魚を受け取って、そのままレストランへ持ち帰って調理するんです。猟師さんが獲ったウサギを持ってきてくれることもありました。まだ少し温かいくらいの状態で届く。そういう環境は、日本ではなかなか経験できないですよね。マルセイユはオリーブオイルを使う文化もありますし、移民が多いので、さまざまなスパイスにも出会えました。食材が採れる場所と、それを料理する場所がすぐそばにある。その環境は今でも鮮明に覚えています。

─ 料理のつくり方そのものにも、日本との違いを感じましたか。

すごく感じました。ホテルではレシピが決まっていて、手順に沿って料理をつくっていました。でも、マルセイユで出会ったシェフには、レシピというものがなかったんです。感覚で料理をする人でした。その日の気分によっても違うような人で、最初は「こんな料理のつくり方があるんだ」と驚きました。それまで自分が経験した料理とはまったく違う世界だったので、そのシェフとの出会いはすごく大きかったですね。

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第 3 章 感覚と古典、二つの料理

─ 1年間のフランス生活を終え、日本へ戻ってからはどのように次の店を選ばれたのでしょうか。

帰国してから、どこで働こうか悩んでいました。それで、実際に料理を食べて決めようと思って、いくつかのレストランへ食事に行ったんです。その一つが銀座レカンでした。料理を食べて、「ここで働きたい!」と思って、その場で「料理長はいらっしゃいますか」と聞きました。そうしたら料理長が席まで来てくださって、少しお話をして、「じゃあ今度面接をしよう」と言ってくれました。面接へ行くと、僕がロイヤルパークホテル時代にお世話になった料理長と、レカンの料理長が昔からの知り合いだったこともあって、「いつから来られる?」という感じで話が進みました。

─ 銀座レカンでは、どのようなことを学ばれましたか。

レカンでは、クラシックというか、古典的なフランス料理を学ばせていただきました。ロイヤルパークホテルでは料理人としての基礎の基礎を教えてもらって、フランスでは日本とは違う食材や文化、感覚に触れた。そしてレカンでは、改めてフランス料理の古典を学びました。今の自分の料理にも生きているのは、レカンで学んだ古典的な部分が大きいと思います。

─ マルセイユで経験した料理と、銀座レカンで学んだ料理。大きく異なるものだったのでしょうか。

意外だったのは、日本へ帰ってレカンに入った時、当時のシェフとマルセイユのシェフにどこか似たものを感じたことです。ホテルではレシピも手順もきっちり決められていましたが、レカンのシェフもまた、決まったレシピを持たずに料理をする人でした。スタッフがシェフの料理を見ながら、お酒をどれくらい煮詰めたのか、調味料をどの程度加えたのかを一つひとつ計り、後からレシピにしていくんです。フランスでそういう料理のつくり方に触れていたからこそ、レカンでもすぐに対応できたのかなと思います。

─ そうした経験は、現在の山本シェフの料理にどのようにつながっていますか。

今は、古典的なフランス料理をベースにしながら、マルセイユで触れたオリーブオイルや柑橘を使う文化も合わせて、自分の料理をつくっています。ロイヤルパークホテルで基礎を学び、マルセイユで感覚的に料理をするシェフに出会い、レカンで古典を学んだ。どれか一つというより、それぞれで経験したことが、今の料理につながっていますね。

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Highlight

前編のまとめ

父親の「料理、やってみるか」という一言から始まった、山本シェフの料理人生。何も分からない18歳でロイヤルパークホテルに入り、料理人としての基礎を学び、22歳でフランスへ。南フランスでは、港から届く生きた魚や、その土地ならではの食材、そしてレシピに縛られず感覚で料理をつくるシェフとの出会いが、それまでとは違う料理の世界を見せてくれました。ホテルで身につけた基礎、南フランスで得た感覚、レカンで学んだ古典。その異なる経験が重なり合い、現在の山本シェフの料理へとつながっていることが、お話を伺う中で見えてきました。後編では、そんな山本シェフが鎌倉でFiertéを始めるまでの物語、現在の料理に込める哲学、そしてその先に描く料理人としての未来について伺います。

LUX ESSENCE

Fierté

オーナーシェフ 山本 悠太氏インタビュー

#10  料理人だった父の背中 - 後編 -

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