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2026.8.11

#8  今の自分をつくった、一皿と料理人たち - 後編 -

季音 | オーナーシェフ 村野 敏和

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Continuation

前編の続き

料理人として世界を目指し、マイアミ、そしてサンフランシスコのSaisonで世界最高峰の料理哲学を学んだ、村野シェフ。前編では、人との出会いを大切にし、自ら道を切り拓きながら歩んできた、料理人としての原点を伺いました。世界で経験を積んだからこそ見えてきた「料理人として本当に大切なこと」が、現在の料理の礎となっています。後編では、世界で活躍できる実力がありながら、なぜ鎌倉という街を選び、「季音」を開いたのか。その理由に迫ります。旬の食材が持つ力、生産者とのつながり、一皿に込める想い、そして料理人として描く未来。村野シェフが考える「本当に豊かな料理」とは何か。その料理哲学を、さらに深く伺いました。

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第 4 章 世界を知った料理人が、鎌倉を選んだ理由

─ 日本でお店を開く場所として、なぜ鎌倉を選ばれたのでしょうか。

私が最初に勤めたレストランで、シェフが鎌倉野菜を使っていたんです。最初はシェフが買いに行っていたんですが、そのうち僕が鎌倉まで野菜を買いに来るようになりました。その時に食べたほうれん草や人参の美味しさが、本当に忘れられなくて。マイアミへ行っても、サンフランシスコへ行っても、その味だけはずっと記憶に残っていました。だから、日本で自分のお店を開くなら、鎌倉しかないと思ったんです。

─ 世界の食材を知った今でも、鎌倉の食材には特別な魅力がありますか。

ありますね。マイアミのホテルに納品される野菜も素晴らしかったですし、サンフランシスコのSaisonで使っていた食材も、本当にレベルが高かった。それでも、鎌倉野菜は決して引けを取りません。世界を見たからこそ、その価値をより強く感じるようになりました。

─ 実際に鎌倉に拠点を移し、感じたことはありますか。

最初に驚いたのは、人の温かさですね。駅から少し離れた場所に住んでいたんですが、子どもと散歩をしていると、知らない方でも「こんにちは」と声を掛けてくださるんです。東京では経験したことがなかったので、すごく新鮮でした。住み始めてから、「鎌倉って本当にいい街だな」と感じるようになりました。

─ 鎌倉でお店を営む魅力は何でしょうか。

やっぱり、生産者との距離が近いことですね。畑へ行けば、その日にどんな野菜が採れたのかを直接聞けますし、「来週はこれが出るよ」という話も聞ける。そういう会話の中から、料理のアイデアが生まれることも多いです。レストランと生産者がすごく近い距離にあるのは、鎌倉ならではの魅力だと思います。

─ 食材から、料理を組み立てるんですか。

以前は、「この料理を作ろう」と決めてから食材を探していました。でも今は逆なんです。朝、市場や鎌倉市農協連即売所(通称「連売」)へ行って、その日に出会った食材を見てから料理を考えます。旬には逆らえませんし、その瞬間にしか出会えない食材があります。だからこそ、その日、その季節だけの一皿をつくることを大切にしています。

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Saisonのスペシャリテ「ウニトースト」は、海を超え鎌倉の地でも大切に受け継がれています。

第 5 章 一皿で表現する季節という物語

─ 料理で、一番大切にしていることを教えてください。

季節を大切にすることです。以前働いていた『りんごの絆』で、とても印象に残っている料理がありました。ホワイトアスパラガスのソテーに、ホタルイカのソースを合わせた一皿です。ホワイトアスパラガスは旬の終わりが近づき、ホタルイカは旬の始まる頃。この二つが重なる期間は、本当に短いんです。その一瞬しか味わえない料理を、お客様へ届ける。その考え方に触れた時、「料理は季節を表現するものなんだ」と強く感じました。この時の一皿が、「季節の音を奏でる」という季音という店名につながっています。

─ 季節は、料理にどのような影響を与えていますか。

季節によって食材はもちろん、料理そのものも変わります。最近は気候の変化もあって、旬の時期が少しずつ変わってきています。だからこそ、その年、その季節、その瞬間を大切にしたい。同じ料理を一年中つくるのではなく、その時だからこそ生まれる一皿を表現したいと思っています。

─ 生産者の方とはどのように接していますか。

料理人だけでは、美味しい料理は完成しません。素晴らしい食材を育ててくださる生産者の方がいて、その想いを受け取って料理になります。畑のことや、その年の天候のこと、育てる苦労を直接聞くことで、食材への向き合い方も変わります。生産者の方から受け取った想いを、お客様へ料理として届けることも、料理人の役割だと思っています。

─ お客様にどのような時間を過ごしてほしいですか。

料理を食べて、「美味しかった」で終わるだけではなく、その季節を感じてもらえたら嬉しいですね。「あの時、季音で食べたあの料理が忘れられない。」そんなふうに、その一皿が季節の記憶として残ってくれたら、料理人としてこれ以上嬉しいことはありません。また季節が変わったら訪れたい。そう思っていただけるレストランでありたいですね。

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第 6 章 料理人である前に、一人の人として

─ 料理人として、大切にしている人生観はありますか。

料理人という仕事は、本当に夢中になれる仕事です。だからこそ、料理だけに人生を捧げてしまう人もたくさん見てきました。家庭を顧みる時間がなくなったり、家族との時間を失ってしまったり。そういう先輩も決して少なくありませんでした。だから僕は、料理だけではなく、人としても尊敬される料理人でありたいと思っています。

─ 今、どんな時間が一番幸せですか。

休みの日に、家族のために料理を作る時間ですね。もちろん、料理人として評価されることも嬉しいです。でも、それ以上に、家族が笑顔でご飯を食べてくれる時間のほうが、僕にとっては大切です。料理人としての成功だけを追いかけるよりも、一人の人間として、幸せな人生を送りたいと思っています。

─ これから挑戦してみたいことはありますか。

いつか、若い料理人を育てる場をつくりたいと思っています。料理の専門学校では、包丁の使い方や調理技術は学べます。でも、実際の現場で求められることや、海外で働くために必要な考え方、僕が世界で経験してきたことは、なかなか学ぶ機会がありません。僕自身、多くの人との出会いに支えられ、海外で挑戦する中でたくさんのことを学びました。だからこそ、今度は自分がその経験や知恵を次の世代へ伝えていきたい。料理の技術だけではなく、一人の料理人として成長できるような、より実践的なことを学べる学校をつくることが、今の大きな夢の一つです。

─ 最後に、村野シェフにとって料理とは。

以前、働かせていただいた『りんごの絆』のシェフが、お客様のことを本当によく見ている方でした。常連のお客様がどんな気持ちで来店されたのか、どんな時間を過ごされているのか。料理をつくる前から、その方の気持ちを自然と汲み取って、一皿に表現していたんです。ある日、その料理を召し上がったお客様が、涙を流されたことがありました。もちろん、「泣かせよう」と思ってつくった料理ではありません。でも、お客様の気持ちに寄り添ってつくられた料理が、その方の心に届いたんです。その光景を見た時に、「料理には、人の心を動かす力があるんだ」と強く感じました。今でも、そのシェフには到底及びません。それでも、料理を通して誰かに寄り添える料理人でありたいという想いは、ずっと持ち続けています。

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Epilogue

最後に

厳しい修業の日々を経て海外へ渡り、マイアミ、そしてサンフランシスコのSaisonで世界最高峰の料理哲学に触れる。その歩みの中で村野シェフが学んだのは、料理の技術だけではなく、人との出会いや、人としての在り方の大切さでした。世界で経験を積んだ先に選んだのは鎌倉という街。生産者が丹精込めて育てた食材と向き合い、季節の一瞬を一皿に映し出す。そして、その料理を通して人の心を動かし、記憶に残る時間を届けたい。その想いこそが、「季音」というレストランの原点なのだと感じます。さらに、その想いは自分の料理だけに留まらず、これまで世界で培ってきた経験や現場で学んだ知恵を、「これから料理人を目指す若い世代へ伝えていきたい」という新たな夢も語ってくださいました。料理を通して人を育て、その想いを未来へつないでいくこと。それもまた、村野シェフが目指す料理人の姿です。

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Profile

プロフィール

季音 オーナーシェフ 村野 敏和 氏

国内の名店で研鑽を積んだ後、マンダリン オリエンタル マイアミや、サンフランシスコのミシュラン三つ星レストランSaisonなど、アメリカの名店で料理人として経験を重ねる。世界最高峰のレストランで培った技術と哲学を礎に、鎌倉で薪火レストラン「季音」を開業。2021年から2026年までフランス発のグルメガイドに6年連続で掲載されるなど、高い評価を受ける。生産者とのつながりを大切にし、鎌倉の豊かな食材と四季の移ろいを映し出す一皿を追求しています。

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