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2026.8.11

#8  今の自分を作った、一皿と料理人たち - 前編 -

季音 | オーナーシェフ 村野 敏和

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Prologue

はじめに

鎌倉・由比ガ浜の静かな路地に佇む薪火レストラン「季音」。2021年から2026年まで、フランス発のグルメガイド「ゴ・エ・ミヨ」6年連続で掲載されるなど、その料理は国内外から高い評価を受けています。店名には、「季節が奏でる一瞬の美しさを、一皿に映し出したい」という想いが込められています。料理を手掛けるのは、サンフランシスコの三つ星レストラン「Saison(セゾン)」で腕を磨いた村野シェフ。世界の第一線で腕を磨きながらも、最後に選んだ場所は、華やかな都市ではなく、四季の移ろいと豊かな食材に恵まれた鎌倉でした。村野シェフが料理を通して届けたいのは、美味しさだけではありません。旬の食材が持つ力、生産者の想い、その季節にしか出会えない一皿との一期一会。料理とは、「人の心を動かし、その瞬間を記憶として刻むもの」だと語ります。今回のインタビューでは、料理人を志した原点から世界への挑戦、そして鎌倉で「季音」を開くまでの歩みと、その根底にある料理哲学について伺いました。

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第 1 章 料理人としての原点

─ 料理人を目指したきっかけを教えてください。

高校2年生から3年生になる頃、バスケットボール部の先輩が、料理の専門学校へ進学したんです。久しぶりに会ったときに、毎日違う食材を使って料理をすることや、在学中に実際のレストランで働く実習があることなどを楽しそうに話していて、その話を聞いているうちに、「料理って面白そうだな」と思うようになりました。それが、料理の道へ進むきっかけでした。

─ もともと料理は身近な存在だったのでしょうか。

実は、全くそうではないんです。中学・高校とずっとバスケットボール部だったので、毎日遅くまで練習して、帰ってきたらご飯を食べて寝るという生活の繰り返しでした。家で料理を手伝うこともほとんどありませんでしたね。だから、「元々料理が好きだったから料理人になった」というわけではないんです。

─ 専門学校を卒業後、どちらで働かれましたか。

専門学校を卒業して最初に入社したのは、日本国内でレストランを数十店舗を展開する会社です。配属されたレストランで出会った先輩たちがとても魅力的な方ばかりで、海外で経験を積んできた方や、ホテルで腕を磨いてきた方など、本当にさまざまな料理人がいました。中でも、海外から帰ってきたばかりの先輩たちは、とても輝いて見えました。「いつか自分も海外で料理を学びたい。」20歳くらいの頃には、そんな目標を持つようになっていました。

─ 多くの学びがあったのですね。

はい。でも「もっと小さなレストランで、より深く料理を追求したい」と思い、『りんごの絆』というレストランへお店へ移りました。そこで4年間働かせてもらいましたが、最初、自分は何もできないという現実を知りました。みじん切り一つとっても、自分の技術ではまったく通用しなかったんです。毎日シェフの仕事を間近で見ながら、「こんなにもレベルの高い世界があるのか」と衝撃を受けました。でも、その経験があったからこそ、もっと成長したいという気持ちが強くなりました。

─ 当時はとても厳しい環境でしたか。

当時は給料だけでは生活できなかったので、休日の夜はガソリンスタンドでアルバイトをしていました。生活は決して楽ではありませんでしたが、それでもそのお店で学びたいという気持ちのほうが大きかった。お金が欲しかったわけではなく、技術を身につけたかった。今振り返っても、その時間が、料理人としての土台になっていると思います。

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第 2 章 世界への扉は、自ら叩き続けた

─ その後、どのようにして海外への道が切り開かれましたか。

当時は、観光ビザで海外へ渡って働く料理人も多かったんです。でも僕は、それではなく、きちんと就労ビザを取得して働きたいと思っていました。そのためには、海外とのつながりがあるホテルに入ることが近道だと考えて、開業前のマンダリン オリエンタル 東京へ入社しました。そこで経験を積めば、海外へ挑戦できるチャンスがあると信じていました。

─ そのチャンスは訪れましたか。

マイアミのマンダリン オリエンタルで総料理長を務めていたシェフが、日本へフェアで来られたことです。一週間、一緒に仕事をさせてもらったんですが、その人の仕事ぶりを見て、「この人のもとで働きたい」と強く思いました。そこで、自分から「どうしたら、あなたのレストランで働けますか」と聞いたんです。すると、「休暇を使ってマイアミへ来て、一週間一緒に働きましょう」と言っていただきました。あの時、自分から声を掛けていなければ、その後の人生は大きく違っていたと思います。

─ アメリカで働いて、一番印象に残っていることは何ですか。

料理人に対する評価ですね。日本では職人というイメージが強いですが、アメリカでは料理人は一人のアーティストとして尊敬されていました。仕事を任せてもらえる範囲も広くて、最終的にはシフトを組んだり、食材を発注したり、厨房全体を見るような役割も任せてもらいました。料理だけではなく、人をまとめることや、責任を持つことも学ばせてもらいました。

─ さらに高いレベルを目指して挑戦を続けられた理由を教えてください。

マイアミで働いていた頃、全米でもトップクラスのレストランで働くシェフと出会ったんです。その人の仕事を見た時に、「世界には、こんなにもすごい料理人がいるんだ」と衝撃を受けました。料理だけではなく、掃除も、仕込みも、人への気配りも、すべてが一流でした。その姿を見て、「もっと成長したい」「もっと上を目指したい」という気持ちが強くなりました。

─ 挑戦を続ける中で、大切にしていたことはありますか。

特別なことではないんです。「ここで働きたい」と思ったら、自分から会いに行く。一度断られても諦めない。そうやって、一歩ずつ行動してきただけなんです。振り返ると、技術以上に、人とのご縁や、自分から動き続けたことが、世界への扉を開いてくれたように思います。

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第 3 章 世界最高峰で学んだ、料理人としての哲学

─ サンフランシスコの三つ星レストランSaison(セゾン)とは、どのような出会いだったのでしょうか。

マイアミでのビザが終わる頃、一度日本へ帰ろうと思っていました。その時、日本のミシュランレストランにも履歴書を送りましたが、ご縁がなくて。それならアメリカで挑戦しようと思い、二つ星や三つ星レストランへ履歴書を送りました。その中の一つが、サンフランシスコのSaisonでした。研修で初めてキッチンへ入った時、30分ほどで「ここで働きたい」と思ったんです。料理だけではなく、お店全体の空気や考え方が、自分の理想そのものでした。

─ Saisonで働くために、どのような行動をされたのでしょうか。

最初はビザが取得できず、そのまま働くことはできませんでした。でも、どうしても諦めきれなかったんです。もう一度サンフランシスコへ行き、アポイントも取らずに、スーツ姿で包丁と靴だけを持って、お店を訪ねました。すると、以前一緒に働いた料理人が、僕のことを覚えていてくれて、「一緒に働こう」と言ってくれたんです。その出会いのおかげで、新たな弁護士を紹介していただき、最初に研修へ行ってから約2年2か月後、日本人として初めて、給与を受け取りながらSaisonで働くことができました。

─ Saisonでの経験の中で、特に印象に残っていることはありますか。

Saisonを離れる時に、「卒業証明」をいただいたことですね。それまで積み重ねてきた時間や努力を、認めてもらえたような気持ちになりました。世界最高峰のレストランで学び、その一員として働けたことは、料理人として大きな自信になりましたし、今でも誇りに思っています。

─ 世界最高峰のレストランでの、一番学びは何ですか。

料理の技術だけではありません。本当に超一流の料理人は、人としても一流なんです。掃除の仕方、仕込みの丁寧さ、仲間への気配り、厨房全体を見る視野。どれを取っても妥協がありませんでした。料理だけが上手ければいいわけではない。その姿勢を間近で見られたことが、一番大きな学びでした。

─ 村野さんの情熱、行動が素晴らしいと思いました。

「あの人のもとで働きたい」と思ったら、自分から会いに行く。一度断られても諦めず、もう一度挑戦する。そうやって行動してきたからこそ、たくさんのご縁につながりました。振り返ると、今の自分をつくってくれたのは、料理だけではなく、人との出会いだったと思います。

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Saisonを離れる時、村野さんへ送られた「卒業証明」。

Highlight

前編のまとめ

料理人としての原点は、料理そのものではなく、人との出会いから始まりました。高校時代に料理の世界へ興味を抱き、厳しい環境の中で技術を磨き続け、海外という未知の舞台へ挑戦する。そして、マイアミからサンフランシスコのSaisonへとたどり着き、世界最高峰の現場で「料理だけでなく、人として一流であること」の大切さを学びました。その歩みを通して見えてきたのは、村野シェフの料理を支えているのは、卓越した技術だけではなく、自ら道を切り拓く行動力と、人とのご縁を何よりも大切にする姿勢だということです。後編では、世界で経験を積んだ村野シェフが、なぜ鎌倉という街を選び、「季音」を開いたのか。そして、旬の食材や生産者への想い、料理人として描く未来について、さらに深くお話を伺います。

LUX ESSENCE

季音

オーナーシェフ 村野 敏和氏インタビュー

#8  今の自分を作った、一皿と料理人たち - 後編 -

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