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2026.10.9

#12「かっこいい」から始まった、バーテンダーという人生 - 前編 -

BAR ANDALUSIAN | オーナーバーテンダー 馬場 淳也

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Prologue

はじめに

鎌倉・大船に店を構える、オーセンティックバー「BAR ANDALUSIAN」。そのオーナーバーテンダーを務めるのが、馬場淳也氏です。数々のカクテルコンペティションに挑戦し、2013年「横濱インターナショナルカクテルコンペティション」、2016年「P.B.O.主催 全国バーテンダーズ・コンペティション MVB」で優勝。2013年の優勝作品「シャンティ」、そして鎌倉の日の出をイメージした「ソル レヴァンテ」など、数々のカクテルを生み出してきました。しかし、馬場氏がバーテンダーを志した原点にあったのは、お酒への興味ではありませんでした。20歳の頃に訪れた一軒のバーで目にした、バーテンダーの所作やサービス、そして空間。その「かっこいい世界」に心を動かされ、バーテンダーの道へ。横浜、鎌倉、銀座とさまざまな場所で経験を重ねる中で、技術だけではなく、「人を喜ばせること」「お客様の心に触れること」を学んできました。現在、BAR ANDALUSIANで大切にするのは、カクテルの味わいだけではなく、その一杯を届ける理由やストーリー、そして空間やサービスまで含めた「体験」です。今回は、そんな馬場氏がバーテンダーを志した原点から、一杯のカクテルに込める想い、BAR ANDALUSIANという空間、そしてその先に描く未来についてお話を伺いました。

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第 1 章 「かっこいい」から始まった、バーテンダーへの道

─ バーテンダーを目指したきっかけを教えてください。

もともとは、お酒に全く興味がありませんでした。当時は特に目標もなく、なんとなく仕事をしながら単調な毎日を送っていました。その中で、「何か自分にしかできないことを身につけたい」という気持ちを持つようになりました。そんな中、20歳の頃に初めて訪れた京都のバーでの体験が、バーテンダーを志す大きなきっかけとなりました。大人になったし、一度バーに行ってみようかなと思って入ったのですが、それまでバーに行ったこともなかったので、何を頼めばいいのかも分からず、結局一杯だけ飲んで帰りました。ただ、その時に目にしたバーテンダーの所作や空間、そこで過ごす時間、そのすべてに感動し、バーテンダーという職業に憧れを抱くようになりました。とにかく、すべてがものすごくかっこよく見えたんです。「自分もこんなふうになりたい」そう思ったことが、バーテンダーを目指したきっかけです。

─ バーテンダーを志す以前から、飲食業には興味がありましたか。

そうですね。飲食の仕事を始めたのは大手コーヒー会社でした。お酒には興味がありませんでしたが、飲食を通じてお客様に喜んでいただくことや、「また来たい」と思っていただける時間をつくることには魅力を感じていました。当時はインテリアデザインの専門学校にも通い、商業空間のデザインについて学んでいました。振り返ってみると、人に喜んでもらうことや、空間を含めた体験をつくることには、その頃から興味があったんだと思います。

そこから、実際にバーテンダーとして働き始めるまでの経緯を教えてください。

京都のバーでの体験をきっかけに、いろいろなバーを巡るようになりました。その中で出会ったのが、関内の老舗バー『TIMELESS(タイムレス)』というバーです。初めて訪れた時、お店はとても忙しかったのですが、常連のお客様だけではなく、当時22歳で、お酒の飲み方もよく分かっていなかった僕のことまで、とても楽しませてくださいました。もちろんカクテルも美味しかったですし、空間も素晴らしかったのですが、何より心を動かされたのが、「人を喜ばせること」「いい時間を過ごしてもらうこと」に対する姿勢でした。そのサービスに感銘を受けて、「ここで働かせてください」とお願いし、23歳でバーテンダーとして働き始めました。

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第 2 章 技術の先にある、サービス

─ TIMELESSでは、どのくらいの期間働かれていたのでしょうか。

3年間お世話になりました。そこでバーテンダーとしての基礎はもちろんですが、人を大切にすることや、お客様に喜んでいただくためのサービスについて、本当に多くのことを学びました。その後、いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちが強くなり、26歳の時に鎌倉・小町のレストラン&バー『クルベル・キャン』で勉強させていただく事になりました。当時のクルベル・キャンは、カクテルコンペティションにも積極的に挑戦しているお店で、そこにもすごく魅力を感じていました。

─ 実際に働き始めてからは、どのような経験をされましたか。

入って3か月くらいで、初めてカクテルコンペティションに出場しました。大人になってから、何か明確な結果が出るものに挑戦する機会って、なかなかないじゃないですか。お店で働くだけではなく、自分の技術を試しながら挑戦できることに魅力を感じて、そこからカクテルコンペティションに積極的に出場するようになりました。クルベル・キャンには6年間お世話になりましたが、カクテルの技術だけではなく、サービスについても本当に多くのことを教えていただきました。レストランバーだったので、お酒だけを見ていればいいわけではありません。お料理を提供するタイミングや、お客様が今どのような状況なのか、料理をおすすめするタイミングは適切なのか、注文された量を食べ切れるのか。常に目の前のお客様を見ながら考えることを学びました。

─ その6年間で、特に印象に残っている出来事はありますか。

今でも忘れられない出来事があります。ある日、一人旅で来られた女性のお客様がいらっしゃいました。僕が少し目を離した間に、別のお客様がその女性の隣へ移動して、話しかけていたんです。営業が終わった後、師匠が仰ったのは「あのお客様の表情をちゃんと見ていたのか」と。その女性がどう感じているのか、帰りたいと思っていないか。そこまで気づき、必要であれば状況をコントロールすることも、バーテンダーの仕事だと教えられました。お酒は、扱い方によって人に与える影響が変わります。だからこそ、ただお酒をつくって提供するだけではいけない。技術は自分の努力で磨くことができます。でも、お客様の心や気持ちに触れることは、それ以上に難しい。この経験は、今でも自分がカウンターに立つうえで、大切にしていることの一つです。

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第 3 章 この指とまれ

─ クルベル・キャンで6年間経験を積まれた後は、どのような道に進まれたのでしょうか。

30歳を過ぎた頃から、独立するのか、それとももう一度どこかで経験を積むのかを考えるようになりました。その中で、以前から大好きだった銀座の『D-Heartman(ディーハートマン)』で働きたいという想いが強くなりました。お店には何度か足を運んでいて、素晴らしいバーだと感じていましたし、銀座という街で、さらにバーテンダーとしての経験を積んでみたいという気持ちもありました。ちょうど新店舗の立ち上げるタイミングでもあり、バーテンダー募集中だったので、系列の新店舗である『PENTHOUSE GARDEN(ペントハウスガーデン)』で働かせていただく事になりました。

─ 銀座という場所で働いてみて、どのようなことを感じましたか。

銀座には、本当にさまざまなお客様がいらっしゃいます。その中で改めて感じたのは、コンペティションの実績や資格、カクテルをつくる技術だけではなく、最終的にお客様が求めているのは、もっと総合的な空間、サービスなんだということでした。例えば、あえて距離を取った方がいい時もありますし、昨日来てくださったお客様に、今日も「お久しぶりです」と声をかけるべきなのかを考えることもあります。会話を求めている方がいれば、その方に楽しんでいただける話を用意する。決まったサービスをすべてのお客様に当てはめるのではなく、目の前の方が今、何を求めているのかを考える。その大切さを銀座で学びました。

─ PENTHOUSE GARDENでは、サービス以外にもさまざまな経験をされたのでしょうか。

そうですね。新店舗の立ち上げにも、チーフバーテンダーとして携わらせていただきました。独立する前に、一からお店を立ち上げる経験ができたことは、とても大きかったです。会社としてスタッフの経験をすごく大切にしていて、お酒の買い付けでスペインへ行かせていただいたり、コンペティションへの挑戦を後押ししていただいたりしました。チーフバーテンダーとしてスタッフを育てる立場も経験し、バーテンダーとしてだけではなく、お店をつくることや、人を育てることについても学ばせていただきました。

─ そうした経験を重ねる中で、独立についてはどのように考えていたのでしょうか。

独立するなら、鎌倉がいいと決めていました。僕自身、鎌倉の長谷に住んでいて、この街の空気や時間の流れが好きだったこともあります。ちょうどコロナ禍で銀座の営業時間が限られるようになり、時間ができたので、鎌倉で毎日のように物件を探していました。ただ、コロナ禍はバーという業態自体を敬遠されることも多く、なかなか物件が見つかりませんでした。そんな中で出会ったのが、現在BAR ANDALUSIANがある大船の物件です。駅からも近く、最上階という立地にも可能性を感じました。ただ、大船で本当にいいのかという迷いもありました。そこで、物件資料を持ってハートマンの社長に相談したんです。

─ その時、どのような言葉をかけられたのでしょうか。

言われたのが、「バーって、この指とまれだから」という言葉でした。いい空間があって、いいお酒があって、いいサービスをする人がいれば、場所がどこであっても人は来てくれる。「それをつくるのがお前の仕事だよ」と言っていただいて。その言葉に背中を押されて、この場所でやろうと決めました。

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Highlight

前編のまとめ

20歳の頃、京都で偶然足を踏み入れた一軒のバー。そこで目にしたバーテンダーの所作やサービス、空間に心を動かされたことから、馬場氏のバーテンダーとしての道は始まりました。TIMELESSで学んだ「人を喜ばせること」。クルベル・キャンで身につけた技術と、お客様の心や気持ちに触れることの難しさ。そして銀座・PENTHOUSE GARDENで深めていった、一人ひとりのお客様が求めるものを考え、届けるサービス。さまざまな場所で経験を重ねる中で、馬場氏が向き合い続けてきたのは、ただ美味しいお酒をつくることだけではありませんでした。目の前のお客様を見て、その人にとって心地よい時間とは何かを考えること。その積み重ねが、現在のBAR ANDALUSIANへとつながっています。後編では、馬場氏が一杯のカクテルを仕立てる上で大切にしていること、BAR ANDALUSIANという空間に込めた想い、そしてバーテンダーとして描くこれからについて、さらにお話を伺います。

LUX ESSENCE

BAR ANDALUSIAN

オーナーバーテンダー 馬場 淳也氏インタビュー

#12「かっこいい」から始まったバーテンダーという人生 - 後編 -

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